タイトル

鏡餅と鏡開き

日付 2021.01.20
コメント

先日やっとお餅を食べました。
20日なのでもうすっかり正月気分はないですが…、皆さんはどのように鏡餅を食べましたか?
昔は20日に食べていたそうですが、徳川家光の死後11日になったみたいですね。
おかげさまで01月20日R-18男子に人気第63位、
R-18女子に人気第194位にランクイン!
ブクマ・評価頂き有難う御座います!

【鏡餅】
鏡餅(かがみもち)とは、日本の伝統である、餅を神仏に供える正月飾り(床飾り)であり、 穀物神である「年神(歳神)」への供え物であり、「年神(歳神)」の依り代である。
鏡餅という名称は、昔の鏡の形に似ていることによる。鏡はこの世とあの世の境界と捉えていた。昔の鏡は青銅製の丸形で、神事などに用いられるものであった。三種の神器の一つ、八咫鏡を形取ったものとも言われる。また、三種の神器の他の二つ、八尺瓊勾玉に見立てた物が橙(ダイダイ)、天叢雲剣に見立てた物が串柿であるとされる。(中略)
平安時代にはすでに存在し、当時に書かれた『源氏物語』には「歯固めの祝ひして、餅鏡をさへ取り寄せて」の一節がある。 鏡餅が現在のような形で供えられるようになったのは、家に床の間が作られるようになった室町時代以降である。
武家では、床の間に具足(甲冑)を飾り、その前に鏡餅を供えた。鏡餅には、譲葉・熨斗鮑・海老・昆布・橙などを載せるのが通例となり、これは具足餅(武家餅)と呼ばれた。(中略)
正月が終わって下げた餅は「鏡開き」を行い、餅を食することになる。鏡は円満を、開くは末広がりを意味し、また刃物で切るのは切腹を連想させるので避け、代わりに手や木鎚で餅を食べやすい大きさに割って分ける。この場合、割るとは言わず開くという。正月を過ぎた鏡餅は硬く乾燥しひび割れているため、主に汁粉や雑煮や焼餅、かき餅(あられ)などにして食する。

【鏡開き】
鏡開き(かがみびらき)・鏡割り(かがみわり)とは、正月に神(年神)や仏に供えた鏡餅を下げて食べる、日本の年中行事である。神仏に感謝の気持ちを示し、無病息災などを祈って、供えられた餅を食べる。汁粉・雑煮、かき餅(あられ)などで食されることも多い。(中略)
関東を中心にした地域では、年神(歳神)へのお供えが松の内(1月7日)に終わったあとの1月11日に行われる(土日祝日などにより異なる場合もある)。元々は松の内が終わる小正月(1月15日 (旧暦))後の1月20日 (旧暦)に行われていたが、徳川家光が亡くなったのが慶安4年(1651年)4月20日 (旧暦)であったため、1月20日を忌日として避け、後に松の内[8]後の1月11日 (旧暦)とされた。
グレゴリオ暦(新暦)になった現在、松の内が1月15日の地方では、16日以降に鏡開きが行われ、通常1月20日(二十日正月)に行われる。
京都府や近隣の一部では、1月4日に行うが、その理由は明確とはなっていないと言われている。
西日本では、陰暦の2月15日に行われる涅槃会に合わせて、鏡餅を割ってあられを作って食べ、一年間の無病息災を願う風習もある。釈迦の鼻くそに形が似ていることから、花供曽(はなくそ)などの名前で参詣者に配られている。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』