今年も卯月ちゃんも助っ人になって、ちまきの在庫処分を手下ってくれました。 おかげさまで05月06日R-18女子に人気第281位に人気第168位にランクイン! ブクマ・評価頂き有難う御座います!
ちまき(粽、中国語: 粽 または 粽子、拼音: zòng ツォン または zòngzi ツォンズ)は、もち米やうるち米、米粉などで作った餅、もしくはもち米を、三角形(または円錐形)に作り、ササなどの「ちまきの葉」(中国語: 粽葉; 拼音: zòngyè)で包み、イグサなどで縛った食品。葉ごと蒸したり茹でて加熱し、その葉を剥いて食べる。
【中国大陸のちまき】 後漢の『風俗通義』(2世紀末)に古い記載があり、粽は「角黍」とも呼び、菰葉(マコモ)の葉でもち米を包んで灰汁で煮たものと記載されており、同様の記述が周処(297年没)の『風土記』にみられる。 『説文解字』の原書にはないが、宋代になって追捕された『説文新附』(10世紀)には、「粽」の字が追加され、本字を「糉」とし、字義を「蘆葉裹米也」(蘆(あし)の葉で米を包む也)とする。この字の旁(つくり)である「㚇」には「集める」などの意味があり、米を寄せ集めたものがちまきという事になる。通説では「粽」の最古の言及とされる周処『風土記』では「糉」の字が使われる。「粽」は旁を同音の簡単な部品に置き換えた略字である。 日本ではもともとササではなくチガヤの葉で巻いて作られたことから、ちまき(茅巻き)と呼ばれるようになった。
【日本のちまき】 承平年間(931年 - 938年)に編纂された『倭名類聚鈔』には「和名知萬木」という名で項目があり、もち米を植物の葉で包み、これを灰汁で煮込むという製法が記載されている。元々は灰汁の持つ殺菌力や防腐性を用いた保存食であった。その後、各地で改良や簡略化が行われ、京では餅の中に餡を包み込んだり、餅を葛餅に替えるなど独自の物も出来て来た。 ちまきは柏餅と並ぶ端午の節句の供物として用いられる。ちまきは地方によって形や中身が異なる。2018年のウェザーニュースが実施したちまきに関する調査によると、北海道から関東甲信越、九州の一部では中身がおこわ、東海から九州では中身が甘い団子との回答が多数を占めた。 奈良時代に中国から端午の節句の風習の一環でちまきが伝来。平城宮のあった近畿地方には白い団子のちまきが根付いた。一方で、関東地方には、この風習は根付かず、柏餅を食べることが多い。 『伊勢物語』(五十二段)、「人のもとより飾り粽 おこせたりける返事に、菖蒲(しょうぶ)刈り 君は沼にぞまどひける 我は野に出でてかるぞ わびしき」とあり、昔は菖蒲の葉も用いたようである。 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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ちまき(粽、中国語: 粽 または 粽子、拼音: zòng ツォン または zòngzi ツォンズ)は、もち米やうるち米、米粉などで作った餅、もしくはもち米を、三角形(または円錐形)に作り、ササなどの「ちまきの葉」(中国語: 粽葉; 拼音: zòngyè)で包み、イグサなどで縛った食品。葉ごと蒸したり茹でて加熱し、その葉を剥いて食べる。
【中国大陸のちまき】
後漢の『風俗通義』(2世紀末)に古い記載があり、粽は「角黍」とも呼び、菰葉(マコモ)の葉でもち米を包んで灰汁で煮たものと記載されており、同様の記述が周処(297年没)の『風土記』にみられる。
『説文解字』の原書にはないが、宋代になって追捕された『説文新附』(10世紀)には、「粽」の字が追加され、本字を「糉」とし、字義を「蘆葉裹米也」(蘆(あし)の葉で米を包む也)とする。この字の旁(つくり)である「㚇」には「集める」などの意味があり、米を寄せ集めたものがちまきという事になる。通説では「粽」の最古の言及とされる周処『風土記』では「糉」の字が使われる。「粽」は旁を同音の簡単な部品に置き換えた略字である。
日本ではもともとササではなくチガヤの葉で巻いて作られたことから、ちまき(茅巻き)と呼ばれるようになった。
【日本のちまき】
承平年間(931年 - 938年)に編纂された『倭名類聚鈔』には「和名知萬木」という名で項目があり、もち米を植物の葉で包み、これを灰汁で煮込むという製法が記載されている。元々は灰汁の持つ殺菌力や防腐性を用いた保存食であった。その後、各地で改良や簡略化が行われ、京では餅の中に餡を包み込んだり、餅を葛餅に替えるなど独自の物も出来て来た。
ちまきは柏餅と並ぶ端午の節句の供物として用いられる。ちまきは地方によって形や中身が異なる。2018年のウェザーニュースが実施したちまきに関する調査によると、北海道から関東甲信越、九州の一部では中身がおこわ、東海から九州では中身が甘い団子との回答が多数を占めた。 奈良時代に中国から端午の節句の風習の一環でちまきが伝来。平城宮のあった近畿地方には白い団子のちまきが根付いた。一方で、関東地方には、この風習は根付かず、柏餅を食べることが多い。
『伊勢物語』(五十二段)、「人のもとより飾り粽 おこせたりける返事に、菖蒲(しょうぶ)刈り 君は沼にぞまどひける 我は野に出でてかるぞ わびしき」とあり、昔は菖蒲の葉も用いたようである。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』