2021.09.21
秋といえば紅葉、紅葉といえばもみじ、もみじといえばもみじ饅頭。 あ〜、もう「ぷよまん」はないんだなぁ。
もみじ饅頭(もみじまんじゅう)は、饅頭の一種。もみじをかたどった焼饅頭の一種であり、広島県厳島(宮島)の名産品である。 概要 日本三景のひとつ、厳島(安芸の宮島)の名物であり土産品である。現在では宮島のみならず広島県を代表する土産菓子として全国的に知名度が高い。2009年に朝日新聞が会員サービス「アスパラクラブ」内で行ったアンケート調査「日本一のまんじゅうは?」で全国1位、各種の「全国お土産ランキング」でも上位の常連で、1位をとることもある。 もみじ饅頭は明治時代後期の和菓子職人、高津常助によって考案されたが、独占をしなかったため、大手もみじ饅頭メーカーや宮島島内の小規模メーカーの他、イオンやセブン&アイ・ホールディングスのような流通企業のプライベートブランドからも同一の「もみじ饅頭」の名称で製造・販売されている。知名度のある土産物は単一メーカーの製造ということも多く(赤福餅・ロイズの生チョコ・名菓ひよ子(ひよ子饅頭)など)、「お土産ランキング」ではもみじ饅頭が不利になるという指摘もある。複数のメーカーのもみじ饅頭を比べる楽しみがあるともいえる。 宮島には焼きたてのもみじ饅頭を供する店舗が軒を連ねている。
由来 もみじ饅頭を発案した人物は明治後期の厳島(宮島)の和菓子職人、高津常助とされている。島内の名所・紅葉谷の旅館「岩惣」にはその頃、皇太子である嘉仁親王(後の大正天皇)や大韓帝国皇太子(のちの純宗)・伊藤博文・夏目漱石ら要人が多く投宿していたが、この岩惣に和菓子を納入していた高津は、宿の女将・栄子から「大切なお客様への手土産に、紅葉谷の名にふさわしい菓子が作れないか」と依頼され、試行錯誤の結果1906年(明治39年)に「紅葉形焼饅頭」を完成させた。4年後の1910年(明治43年)7月18日には商標登録しており、この商標登録証は常助の孫の元に残っている。このとき登録された焼き型は「7つの切れ込みのある葉に短い葉柄があり、二頭の鹿を描いた」という凝った意匠であり、今日のもみじ饅頭とは趣が異なるが、しばらくして高津はより現在の形に近い焼き型を使い始め、この焼き型も商標登録証とともに保管され現存している。呼び名も、常助の代にはすでに「もみじ饅頭」と呼ばれ始めていたと本人が子孫に語っている。なお、孫である加藤宏明が2009年の7月18日に、残っていた焼き形を使って元祖もみぢ饅頭を復活させた。現在、宮島ではなく本土の宮島口にて、元祖もみぢ饅頭「高津堂」としてもみぢ饅頭の製造販売をしている。なお、高津堂は元祖復活の思いから今でも一つずつ手焼きしている。 (中略) ぷよまんのヒット 1990年代に大ヒットしたゲームソフト『ぷよぷよ』の開発元であるコンパイルは、広島に本社を構えていた(一時期は宮島対岸の、当時の佐伯郡大野町に本社を構えた)ことから、同ソフトのキャラクターである「ぷよぷよ(ぷよ)」をかたどってもみじ饅頭製造機の焼き型とした「ぷよまん」を1994年12月3日に発売した。もみじ饅頭とは焼き型が異なるだけで製法は同一である(生地や餡に独自の工夫はあった)。1997年11月29日、宮島への玄関口である宮島口フェリー乗り場近くに「元祖ぷよまん本舗」を開いたのを皮切りに、同社は広島市内の本通商店街や広島駅ビル、遠くは幕張メッセでの東京ゲームショウ等に「元祖ぷよまん本舗」を構えて、自社グッズとともにぷよまんを販売した。ぷよまんは派生商品としては異例のヒット商品となったが、ぷよぷよブームの終結やコンパイルの倒産に伴い、2003年を最後に製造・販売が打ち切られた。
現状 大手をはじめ約20社のメーカーが伝統の味を受け継ぐ一方で、趣向を凝らした新しい商品を開発している。上記のように新しい餡を開発したものの他、生地や製法にも競って新たなアイデアを取り入れており、カステラ状の生地にレーズンを織り込んでそのまま焼き上げた洋菓子風味のものや表面にチョコレートを塗ったもの、もみじ饅頭を衣につけて揚げる「揚げもみじ」やもみじ饅頭ソフトクリームなど、従来の概念を覆すような商品も登場している。ご当地キティや人気漫画のキャラクターなどをパッケージに取り入れた商品も多い。 地元廿日市市の酒造メーカー中国醸造は2013年11月にリキュール「もみじ饅頭のお酒」を発売した[16]。卵黄や蜂蜜を使った甘い風味のこしあんとカステラの味の酒という意外性が話題となり、予想の2倍近い売上げのヒット商品となった。2014年にはチョコレート味とクリーム味の「もみじ饅頭のお酒」も発売され、初回出荷分が即日売り切れる人気で全国紙でも報道された[17][18]。 その一方で伝統的な手焼きのもみじ饅頭を店頭で職人が実演してみせる店や、観光客が手焼き体験を楽しめる店もあり、もみじ饅頭の楽しみ方そのものが多様化しているといえる。 奥田民生の50歳を祝うスペシャルライブ「ユニコーン奥田民生50祭 “もみじまんごじゅう”」と、やまだ屋のコラボ「ユニコーンもみじ饅頭」が2015年5月11日から発売されたこともある。 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
秋といえば紅葉、紅葉といえばもみじ、もみじといえばもみじ饅頭。
あ〜、もう「ぷよまん」はないんだなぁ。
もみじ饅頭(もみじまんじゅう)は、饅頭の一種。もみじをかたどった焼饅頭の一種であり、広島県厳島(宮島)の名産品である。
概要
日本三景のひとつ、厳島(安芸の宮島)の名物であり土産品である。現在では宮島のみならず広島県を代表する土産菓子として全国的に知名度が高い。2009年に朝日新聞が会員サービス「アスパラクラブ」内で行ったアンケート調査「日本一のまんじゅうは?」で全国1位、各種の「全国お土産ランキング」でも上位の常連で、1位をとることもある。
もみじ饅頭は明治時代後期の和菓子職人、高津常助によって考案されたが、独占をしなかったため、大手もみじ饅頭メーカーや宮島島内の小規模メーカーの他、イオンやセブン&アイ・ホールディングスのような流通企業のプライベートブランドからも同一の「もみじ饅頭」の名称で製造・販売されている。知名度のある土産物は単一メーカーの製造ということも多く(赤福餅・ロイズの生チョコ・名菓ひよ子(ひよ子饅頭)など)、「お土産ランキング」ではもみじ饅頭が不利になるという指摘もある。複数のメーカーのもみじ饅頭を比べる楽しみがあるともいえる。
宮島には焼きたてのもみじ饅頭を供する店舗が軒を連ねている。
由来
もみじ饅頭を発案した人物は明治後期の厳島(宮島)の和菓子職人、高津常助とされている。島内の名所・紅葉谷の旅館「岩惣」にはその頃、皇太子である嘉仁親王(後の大正天皇)や大韓帝国皇太子(のちの純宗)・伊藤博文・夏目漱石ら要人が多く投宿していたが、この岩惣に和菓子を納入していた高津は、宿の女将・栄子から「大切なお客様への手土産に、紅葉谷の名にふさわしい菓子が作れないか」と依頼され、試行錯誤の結果1906年(明治39年)に「紅葉形焼饅頭」を完成させた。4年後の1910年(明治43年)7月18日には商標登録しており、この商標登録証は常助の孫の元に残っている。このとき登録された焼き型は「7つの切れ込みのある葉に短い葉柄があり、二頭の鹿を描いた」という凝った意匠であり、今日のもみじ饅頭とは趣が異なるが、しばらくして高津はより現在の形に近い焼き型を使い始め、この焼き型も商標登録証とともに保管され現存している。呼び名も、常助の代にはすでに「もみじ饅頭」と呼ばれ始めていたと本人が子孫に語っている。なお、孫である加藤宏明が2009年の7月18日に、残っていた焼き形を使って元祖もみぢ饅頭を復活させた。現在、宮島ではなく本土の宮島口にて、元祖もみぢ饅頭「高津堂」としてもみぢ饅頭の製造販売をしている。なお、高津堂は元祖復活の思いから今でも一つずつ手焼きしている。
(中略)
ぷよまんのヒット
1990年代に大ヒットしたゲームソフト『ぷよぷよ』の開発元であるコンパイルは、広島に本社を構えていた(一時期は宮島対岸の、当時の佐伯郡大野町に本社を構えた)ことから、同ソフトのキャラクターである「ぷよぷよ(ぷよ)」をかたどってもみじ饅頭製造機の焼き型とした「ぷよまん」を1994年12月3日に発売した。もみじ饅頭とは焼き型が異なるだけで製法は同一である(生地や餡に独自の工夫はあった)。1997年11月29日、宮島への玄関口である宮島口フェリー乗り場近くに「元祖ぷよまん本舗」を開いたのを皮切りに、同社は広島市内の本通商店街や広島駅ビル、遠くは幕張メッセでの東京ゲームショウ等に「元祖ぷよまん本舗」を構えて、自社グッズとともにぷよまんを販売した。ぷよまんは派生商品としては異例のヒット商品となったが、ぷよぷよブームの終結やコンパイルの倒産に伴い、2003年を最後に製造・販売が打ち切られた。
現状
大手をはじめ約20社のメーカーが伝統の味を受け継ぐ一方で、趣向を凝らした新しい商品を開発している。上記のように新しい餡を開発したものの他、生地や製法にも競って新たなアイデアを取り入れており、カステラ状の生地にレーズンを織り込んでそのまま焼き上げた洋菓子風味のものや表面にチョコレートを塗ったもの、もみじ饅頭を衣につけて揚げる「揚げもみじ」やもみじ饅頭ソフトクリームなど、従来の概念を覆すような商品も登場している。ご当地キティや人気漫画のキャラクターなどをパッケージに取り入れた商品も多い。
地元廿日市市の酒造メーカー中国醸造は2013年11月にリキュール「もみじ饅頭のお酒」を発売した[16]。卵黄や蜂蜜を使った甘い風味のこしあんとカステラの味の酒という意外性が話題となり、予想の2倍近い売上げのヒット商品となった。2014年にはチョコレート味とクリーム味の「もみじ饅頭のお酒」も発売され、初回出荷分が即日売り切れる人気で全国紙でも報道された[17][18]。
その一方で伝統的な手焼きのもみじ饅頭を店頭で職人が実演してみせる店や、観光客が手焼き体験を楽しめる店もあり、もみじ饅頭の楽しみ方そのものが多様化しているといえる。
奥田民生の50歳を祝うスペシャルライブ「ユニコーン奥田民生50祭 “もみじまんごじゅう”」と、やまだ屋のコラボ「ユニコーンもみじ饅頭」が2015年5月11日から発売されたこともある。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』