2024.02.14
2月14日はバレンタインデーに因んでチョコレートの日だそうです。 日本のチョコレート・ココアの製造者ら日本チョコレート・ココア協会により制定 されたそうです。 チョコレートの歴史はマヤやアステカまで遡るのですね。当時は通貨として扱われていたそうで、これは日本の米に通じるものがありますね。 あと、ペットに与えちゃダメです!
【チョコレート】 チョコレート(英: chocolate)は、カカオの種子を発酵又は焙煎したカカオマスを主原料とし、これに砂糖、ココアバター、粉乳などを混ぜて練り固めた菓子である。略してチョコともいう。なお、イギリス英語では俗に“choc”と略す場合がある。ショコラ(フランス語: chocolat)と呼ばれることもある。
【チョコレートの呼称】 イギリス人が固形のチョコレートを考案するまでは、チョコレートといえば飲み物を意味した。現に、例えば米国では今でも「ホット・チョコレート」と言えば日本で言うところの「ホット・ココア」飲料を意味する。日本国内では、ココア粉末を使用したものをココア、生チョコレートの水分を多くしたものをチョコレートドリンクと称し分ける傾向があるが、これらチョコレート飲料の名称について厳密な定義は今のところない。 語源について、辞典などでナワトル語のショコラトル(Xocolatl)が由来とされ、「苦い(xoco-)水(atl)」の意味とされるが、ナワトル語にそのような語は存在しない(ナワトル語でチョコレート飲料は「カカワトル(cacahuatl、カカオの水)」)。一説にスペイン人がマヤ語の「チョコル(熱い)」とアステカ語「アトル(水)」から作った新語という。 明治時代の独和辞典『袖珍獨和新辭林』によれば、Schokolateに楂古聿(チョコレート、ショコラ、日本語読みでサコイツ、サコイチ)という当て字を用いている。
【健康への利害】 カカオ分50%以上のダークチョコレートの健康へのプラスの効果を一貫して示している何十年にもわたる研究を考えると、定期的な摂取を推奨できる。ダークチョコレート(週に2〜3回の30グラムサービング)を定期的に食べる人は、糖尿病、心臓病、脳卒中を発症するリスクが低いことがわかった。2,000人を超える参加者を対象とした研究では、チョコレートを多く食べると(週に2回まで)、冠状動脈プラークが少なくなった。その他、視覚を改善し、内層の損傷を癒し、筋肉をリラックスさせ、血流を改善することにより、血管に特にプラスの効果をもたらす。ココアフラバノールはまた、血糖代謝を改善し、糖尿病を発症するリスクを減らし、糖尿病患者の心臓や血管の病気のリスクを減らす。女性ではチョコレートを多く摂取するグループで脳卒中リスクが低いことが報告されている。 質量あたりの熱量が大きく携行が容易であることから、固形チョコレートは軍隊のレーションに同封されたり(アメリカ軍用チョコレートなど)、登山などの際の非常食として携帯されたりする。カロリーの面だけでなく、非常の際に甘味やテオブロミンが心身の安らぎをもたらすという意味合いも大きい。テオブロミンの含有量はカカオ分99%のチョコレート100gあたり1100mg。 2000年代以降、チョコレートに多く含まれるポリフェノールの一種であるカカオポリフェノールが健康への効果が高いとしてしばしば喧伝されるようになっている。 2017年1月に内閣府のプロジェクトチームが、明治と共同で、革新的研究開発推進プログラム(インパクト)」を利用した研究結果として「チョコレートを食べると、脳が若返る可能性がある」と発表したが、外部から「裏付けが不十分だ」と指摘され、翌2018年3月に内閣府は「追加試験を実施すべきで、発表には慎重さが必要だった」との検証結果を発表した。 チョコレートを食べるとニキビができるという迷信があり、経験的にニキビができやすいとする者も多いが、科学的には関連性有りとする研究 と否定する研究がある。脂肪分を40%と多く含むこと、カフェイン・チラミン(血管性浮腫誘因物質でアミンの一種)などを含む刺激物であるということからの発想である。一方で、チラミンにより血管の収縮が起こり、効果が切れると急激に血管が拡張するため、食べ過ぎると鼻の粘膜が腫れて鼻血が出やすくなるという。同様のメカニズムで収縮のあとの急激な脳血管の拡張により片頭痛が起こることがある。また、テオブロミンと位置異性体の関係にあるテオフィリンを主成分とした医療用医薬品(キサンチン系気管支拡張薬等)の添付文書には、副作用として「鼻出血」と記載されている。ただし、チョコレートアレルギーによる鼻血はあり得る。カフェインの含有量はカカオ分99%のチョコレート100gあたり120mg。チョコレートに加えられることが多い食品には食物アレルギーの表示義務があるミルクやピーナッツがあり、これらが原因となる可能性が考えられる。日本ではカカオにはアレルギー表示の義務はない。
【他の動物への影響】 チョコレートに含まれるテオブロミンはイヌやネコなどの動物に、嘔吐、下痢、発熱、発作などをもたらすため保管に注意を要する。
【歴史】 紀元前2000年ごろから主に中央アメリカにおいてカカオの栽培が始められ、アメリカ先住民族の間で嗜好品や薬用として珍重され、マヤ族、のちにはアステカ族も貨幣として使用した。飲み方は、コーンミールやトウガラシを入れることが普通であった。 カカオは16世紀にスペイン人によってヨーロッパへと紹介され[要出典]、やがてアステカ帝国などの中央アメリカ諸王国を滅ぼしてこの地方を支配したスペイン人にも好まれるようになった。そして彼らを通じ、徐々にヨーロッパ大陸にも浸透していった。この過程で、スペイン人はチョコレートの苦味を打ち消すためにトウガラシの代わりに砂糖を入れるようになり、このやり方が他のヨーロッパの国々に伝わる際も引き継がれた。当初、チョコレートは薬として扱われたが、砂糖を入れることによって徐々に嗜好品へと姿を変えていった。17世紀中ごろにはイギリスに到達し、そのころ隆盛したコーヒー・ハウスにおいてもさかんに供された。この時期には、チョコレートはヨーロッパの王侯貴族や富裕層にとって贅沢な飲み物として受け入れられていた。 19世紀にはいるまではチョコレートは飲み物であったが、19世紀に技術革新が次々と起こって現在のチョコレートの形が成立した。まず、1828年にはオランダのコンラッド・ヨハネス・バン・ホーテンがココアパウダーとココアバターを分離する製法を確立し、さらにカカオにアルカリ処理を行うことで苦味を和らげる方法も考案した。1847年にイギリスのジョセフ・フライが固形チョコレートを発明し、1875年にはスイスの薬剤師であるアンリ・ネスレとショコラティエのダニエル・ペーターがミルクチョコレートを開発した[26]。さらに1879年にはスイスのロドルフ・リンツによりコンチェが発明され、ざらざらしていた固形チョコレートが滑らかな口当たりのものへと変化した。上記の発明は「チョコレートの4大技術革命」とも呼ばれ、これらの発明によって固形チョコレートはココアに代わってカカオの利用法のメインとなっていった。 こうした発明によって19世紀後半にはチョコレートは家族的な小企業や職人による生産から大企業による工場での大量生産へと移行していった。スイスのネスレ社、リンツ社、カイエ社やイギリスのキャドバリー社、ロウントリー社、アメリカのハーシー社などの大チョコレート企業が誕生し、安定して大量生産された規格品チョコレートの供給によりチョコレートの価格は下がり、一般市民が気軽に楽しめる菓子となっていった。一方でベルギーやフランスなどを中心にショコラティエによる高級チョコレート店も多数存在している。大チョコレート企業は1960年代以降買収を繰り返しながら巨大化していく一方、高級チョコレート店の職人によるチョコレートにも大きな需要があり、この二つが日常一般市民の食しているチョコレート生産のほとんどを占めている。 日本にチョコレートが伝わったのは江戸時代である。寛政9年(1797年)3月晦日に、長崎の寄合町の大和路という遊女が、オランダ人から貰った贈り物の記録中に「しょくらあと六つ」という記載がある。これが、日本国内でチョコレートの事を記した最初の史料とされる。他にも、京都の蘭学者の廣川獬が、長崎に6年ほど遊学したときの事をまとめた「長崎聞見録(1800年、寛永12年刊行)」では、「しょくらとを」の記録がある。「しょくらとを」は、「紅毛人の持渡る腎薬」と記されており、溶かして飲む薬として扱われていたようである。ただ、幕府が正式にチョコレートを輸入したという記録はなく、一部オランダ人が私的に出島に持ち込み、彼らと付き合いのあった人々だけが、チョコレートを知っていたようである。 日本が本格的にチョコレートの事を知ったのは、幕末の頃である。1858年にヨーロッパへ派遣された文久遣欧使節がチョコレートの工場を見学している。他、幕府の命によりフランスに留学していた徳川昭武は、慶應4年(1868年)8月3日、「朝8時、ココアを喫んだ後、海軍工廠を訪ねる」と日記に記しており、これが記録に残る限り、日本人が初めてココアを飲んだ史料である。 また、記録は残っていないが、1613年、慶長遣欧使節がヨーロッパに赴いた時期は、チョコレートを飲む習慣がヨーロッパの上流階層に広がっていた時期と重なるため、これに参加していた支倉常長たちが、初めてチョコレートを口にした日本人ではないかという説もある。
【文化】 バレンタインデーにチョコレートを贈る風習は、1868年、イギリスのチョコレート会社キャドバリー社の2代目社長であるリチャード・キャドバリーが美しい絵のついた贈答用のチョコレートボックスを発売したことを由来とする。このボックスはバレンタインデーの贈り物として使われるようになり、他社も追従して次第に広がっていった。しかし、ヨーロッパやアメリカのバレンタインデーは日本とは違い、必ずしもチョコレートを贈るものではない。 これに対し日本では、諸説あるものの1958年ごろにはじまったとされ、1970年代には「女性から男性にチョコレートを贈る日」としてバレンタインデーが定着した。バレンタインデーにチョコレートを贈るようになったことをきっかけにして、日本チョコレート・ココア協会が2月14日を「チョコレートの日」として制定し、1970年代に定着した。 また、1875年にはキャドバリー社はチョコレートでできたイースター・エッグを発売し、これも定着してチョコ・イースターエッグはイースターには欠かせないものとなった。 2016年より、受験者のチョコレートについての知識を測る検定試験であるチョコレート検定が、株式会社 明治より実施されている。チョコレートの製造方法および歴史、原料であるカカオの生態など、幅広い領域から出題される。 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
2月14日はバレンタインデーに因んでチョコレートの日だそうです。
日本のチョコレート・ココアの製造者ら日本チョコレート・ココア協会により制定 されたそうです。
チョコレートの歴史はマヤやアステカまで遡るのですね。当時は通貨として扱われていたそうで、これは日本の米に通じるものがありますね。
あと、ペットに与えちゃダメです!
【チョコレート】
チョコレート(英: chocolate)は、カカオの種子を発酵又は焙煎したカカオマスを主原料とし、これに砂糖、ココアバター、粉乳などを混ぜて練り固めた菓子である。略してチョコともいう。なお、イギリス英語では俗に“choc”と略す場合がある。ショコラ(フランス語: chocolat)と呼ばれることもある。
【チョコレートの呼称】
イギリス人が固形のチョコレートを考案するまでは、チョコレートといえば飲み物を意味した。現に、例えば米国では今でも「ホット・チョコレート」と言えば日本で言うところの「ホット・ココア」飲料を意味する。日本国内では、ココア粉末を使用したものをココア、生チョコレートの水分を多くしたものをチョコレートドリンクと称し分ける傾向があるが、これらチョコレート飲料の名称について厳密な定義は今のところない。
語源について、辞典などでナワトル語のショコラトル(Xocolatl)が由来とされ、「苦い(xoco-)水(atl)」の意味とされるが、ナワトル語にそのような語は存在しない(ナワトル語でチョコレート飲料は「カカワトル(cacahuatl、カカオの水)」)。一説にスペイン人がマヤ語の「チョコル(熱い)」とアステカ語「アトル(水)」から作った新語という。
明治時代の独和辞典『袖珍獨和新辭林』によれば、Schokolateに楂古聿(チョコレート、ショコラ、日本語読みでサコイツ、サコイチ)という当て字を用いている。
【健康への利害】
カカオ分50%以上のダークチョコレートの健康へのプラスの効果を一貫して示している何十年にもわたる研究を考えると、定期的な摂取を推奨できる。ダークチョコレート(週に2〜3回の30グラムサービング)を定期的に食べる人は、糖尿病、心臓病、脳卒中を発症するリスクが低いことがわかった。2,000人を超える参加者を対象とした研究では、チョコレートを多く食べると(週に2回まで)、冠状動脈プラークが少なくなった。その他、視覚を改善し、内層の損傷を癒し、筋肉をリラックスさせ、血流を改善することにより、血管に特にプラスの効果をもたらす。ココアフラバノールはまた、血糖代謝を改善し、糖尿病を発症するリスクを減らし、糖尿病患者の心臓や血管の病気のリスクを減らす。女性ではチョコレートを多く摂取するグループで脳卒中リスクが低いことが報告されている。
質量あたりの熱量が大きく携行が容易であることから、固形チョコレートは軍隊のレーションに同封されたり(アメリカ軍用チョコレートなど)、登山などの際の非常食として携帯されたりする。カロリーの面だけでなく、非常の際に甘味やテオブロミンが心身の安らぎをもたらすという意味合いも大きい。テオブロミンの含有量はカカオ分99%のチョコレート100gあたり1100mg。
2000年代以降、チョコレートに多く含まれるポリフェノールの一種であるカカオポリフェノールが健康への効果が高いとしてしばしば喧伝されるようになっている。
2017年1月に内閣府のプロジェクトチームが、明治と共同で、革新的研究開発推進プログラム(インパクト)」を利用した研究結果として「チョコレートを食べると、脳が若返る可能性がある」と発表したが、外部から「裏付けが不十分だ」と指摘され、翌2018年3月に内閣府は「追加試験を実施すべきで、発表には慎重さが必要だった」との検証結果を発表した。
チョコレートを食べるとニキビができるという迷信があり、経験的にニキビができやすいとする者も多いが、科学的には関連性有りとする研究 と否定する研究がある。脂肪分を40%と多く含むこと、カフェイン・チラミン(血管性浮腫誘因物質でアミンの一種)などを含む刺激物であるということからの発想である。一方で、チラミンにより血管の収縮が起こり、効果が切れると急激に血管が拡張するため、食べ過ぎると鼻の粘膜が腫れて鼻血が出やすくなるという。同様のメカニズムで収縮のあとの急激な脳血管の拡張により片頭痛が起こることがある。また、テオブロミンと位置異性体の関係にあるテオフィリンを主成分とした医療用医薬品(キサンチン系気管支拡張薬等)の添付文書には、副作用として「鼻出血」と記載されている。ただし、チョコレートアレルギーによる鼻血はあり得る。カフェインの含有量はカカオ分99%のチョコレート100gあたり120mg。チョコレートに加えられることが多い食品には食物アレルギーの表示義務があるミルクやピーナッツがあり、これらが原因となる可能性が考えられる。日本ではカカオにはアレルギー表示の義務はない。
【他の動物への影響】
チョコレートに含まれるテオブロミンはイヌやネコなどの動物に、嘔吐、下痢、発熱、発作などをもたらすため保管に注意を要する。
【歴史】
紀元前2000年ごろから主に中央アメリカにおいてカカオの栽培が始められ、アメリカ先住民族の間で嗜好品や薬用として珍重され、マヤ族、のちにはアステカ族も貨幣として使用した。飲み方は、コーンミールやトウガラシを入れることが普通であった。
カカオは16世紀にスペイン人によってヨーロッパへと紹介され[要出典]、やがてアステカ帝国などの中央アメリカ諸王国を滅ぼしてこの地方を支配したスペイン人にも好まれるようになった。そして彼らを通じ、徐々にヨーロッパ大陸にも浸透していった。この過程で、スペイン人はチョコレートの苦味を打ち消すためにトウガラシの代わりに砂糖を入れるようになり、このやり方が他のヨーロッパの国々に伝わる際も引き継がれた。当初、チョコレートは薬として扱われたが、砂糖を入れることによって徐々に嗜好品へと姿を変えていった。17世紀中ごろにはイギリスに到達し、そのころ隆盛したコーヒー・ハウスにおいてもさかんに供された。この時期には、チョコレートはヨーロッパの王侯貴族や富裕層にとって贅沢な飲み物として受け入れられていた。
19世紀にはいるまではチョコレートは飲み物であったが、19世紀に技術革新が次々と起こって現在のチョコレートの形が成立した。まず、1828年にはオランダのコンラッド・ヨハネス・バン・ホーテンがココアパウダーとココアバターを分離する製法を確立し、さらにカカオにアルカリ処理を行うことで苦味を和らげる方法も考案した。1847年にイギリスのジョセフ・フライが固形チョコレートを発明し、1875年にはスイスの薬剤師であるアンリ・ネスレとショコラティエのダニエル・ペーターがミルクチョコレートを開発した[26]。さらに1879年にはスイスのロドルフ・リンツによりコンチェが発明され、ざらざらしていた固形チョコレートが滑らかな口当たりのものへと変化した。上記の発明は「チョコレートの4大技術革命」とも呼ばれ、これらの発明によって固形チョコレートはココアに代わってカカオの利用法のメインとなっていった。
こうした発明によって19世紀後半にはチョコレートは家族的な小企業や職人による生産から大企業による工場での大量生産へと移行していった。スイスのネスレ社、リンツ社、カイエ社やイギリスのキャドバリー社、ロウントリー社、アメリカのハーシー社などの大チョコレート企業が誕生し、安定して大量生産された規格品チョコレートの供給によりチョコレートの価格は下がり、一般市民が気軽に楽しめる菓子となっていった。一方でベルギーやフランスなどを中心にショコラティエによる高級チョコレート店も多数存在している。大チョコレート企業は1960年代以降買収を繰り返しながら巨大化していく一方、高級チョコレート店の職人によるチョコレートにも大きな需要があり、この二つが日常一般市民の食しているチョコレート生産のほとんどを占めている。
日本にチョコレートが伝わったのは江戸時代である。寛政9年(1797年)3月晦日に、長崎の寄合町の大和路という遊女が、オランダ人から貰った贈り物の記録中に「しょくらあと六つ」という記載がある。これが、日本国内でチョコレートの事を記した最初の史料とされる。他にも、京都の蘭学者の廣川獬が、長崎に6年ほど遊学したときの事をまとめた「長崎聞見録(1800年、寛永12年刊行)」では、「しょくらとを」の記録がある。「しょくらとを」は、「紅毛人の持渡る腎薬」と記されており、溶かして飲む薬として扱われていたようである。ただ、幕府が正式にチョコレートを輸入したという記録はなく、一部オランダ人が私的に出島に持ち込み、彼らと付き合いのあった人々だけが、チョコレートを知っていたようである。
日本が本格的にチョコレートの事を知ったのは、幕末の頃である。1858年にヨーロッパへ派遣された文久遣欧使節がチョコレートの工場を見学している。他、幕府の命によりフランスに留学していた徳川昭武は、慶應4年(1868年)8月3日、「朝8時、ココアを喫んだ後、海軍工廠を訪ねる」と日記に記しており、これが記録に残る限り、日本人が初めてココアを飲んだ史料である。
また、記録は残っていないが、1613年、慶長遣欧使節がヨーロッパに赴いた時期は、チョコレートを飲む習慣がヨーロッパの上流階層に広がっていた時期と重なるため、これに参加していた支倉常長たちが、初めてチョコレートを口にした日本人ではないかという説もある。
【文化】
バレンタインデーにチョコレートを贈る風習は、1868年、イギリスのチョコレート会社キャドバリー社の2代目社長であるリチャード・キャドバリーが美しい絵のついた贈答用のチョコレートボックスを発売したことを由来とする。このボックスはバレンタインデーの贈り物として使われるようになり、他社も追従して次第に広がっていった。しかし、ヨーロッパやアメリカのバレンタインデーは日本とは違い、必ずしもチョコレートを贈るものではない。
これに対し日本では、諸説あるものの1958年ごろにはじまったとされ、1970年代には「女性から男性にチョコレートを贈る日」としてバレンタインデーが定着した。バレンタインデーにチョコレートを贈るようになったことをきっかけにして、日本チョコレート・ココア協会が2月14日を「チョコレートの日」として制定し、1970年代に定着した。
また、1875年にはキャドバリー社はチョコレートでできたイースター・エッグを発売し、これも定着してチョコ・イースターエッグはイースターには欠かせないものとなった。
2016年より、受験者のチョコレートについての知識を測る検定試験であるチョコレート検定が、株式会社 明治より実施されている。チョコレートの製造方法および歴史、原料であるカカオの生態など、幅広い領域から出題される。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』