2024.05.13
1週間遅れですが…、5月6日はコロッケの日でした。 香川県三豊市で冷凍食品の製造・販売を手掛ける株式会社「味のちぬや」が制定そたそうです。 コロッケの始まりは大正時代からで、トンカツ、カレーライスとともに「大正の三大洋食」または「日本の三大洋食」とも呼ばれたそうです。 (2024.05.13)
【コロッケ】 コロッケ(Korokke、英: Potato croquettes)は、茹でて潰したジャガイモやクリームソースに挽肉や野菜などを混ぜ合わせ、丸めて衣で包み、食用油でフライ状に揚げた、日本の洋食の一つ。西洋料理のクロケット(仏: croquette、蘭: kroket)を模倣して考案された。単にコロッケと言った場合はジャガイモを使ったものを指し、クリームソースを使ったものはクリームコロッケと呼ばれて区別される。日本国外に逆輸出された日本式コロッケは日本語そのままに'Korokke'と呼ばれている。潰したジャガイモを使用したカツである。ジャガイモの代わりに魚を具材に使用した場合は魚カツと呼ばれる。
【概要】 茹でたジャガイモを潰したマッシュポテトをベースとする庶民的な通常のコロッケ(ポテトコロッケ)と、ベシャメルソースを用いる洋食屋のクリームコロッケに大別される。これらの種にポテトコロッケは挽肉、みじん切りの炒めタマネギ、クリームコロッケはカニなどの魚介類などを混ぜ込み、俵型や小判型、勾玉型などに成形した後、小麦粉、とき卵、パン粉の順で衣をつけ、油で揚げて作られる。中身のソフトな食感と香ばしい衣との対照感を味わう料理であるため、揚げたてのかりっとした仕上がりが尊ばれる。トンカツ、カレーライスと共に大正の三大洋食の一つとされており、大正末期から昭和の初めにかけての洋食大衆化の中で都市部の日本人に広く普及した。今日では家庭で調理されるほか、精肉店などでお惣菜としても販売されており、非常にポピュラーな料理となっている。 トッピングとして立ち食いそば・うどん店やカレーライス店で使われるほか、サンドイッチや惣菜パン、卵とじの具として用いられることもあり、広く親しまれている。揚げる前の種にカレーなどの風味を付けるコロッケもあるほか、ウスターソースやトマトケチャップや醤油など調味料をかけて食べるのが一般的である。洋食の例に漏れず日本独自の進化を遂げたコロッケ(Korokke)は、日本国外でも日本料理の一つとして紹介されるようになった。特に西洋のパン粉と異なる日本スタイルのパン粉(Japanese style breadcrumbs、もしくはそのまま'PANKO'と呼ばれる)を使う日本式揚げ物の衣は、西洋のフライとは違った食感を持つということで区別される傾向がある。
【歴史】 ジャガイモのコロッケはヨーロッパ各国にみられる古典的な付け合せ料理であり、起源を特定するのは困難である。正確な記録や定説は存在しないが、明治時代の文明開化の中でフランス料理やイギリス料理の一つとして日本にもたらされたものと考えられる。フランスのクロケット (croquette) は、ホワイトソースのアパレイユ(ミンチにした魚肉や鶏肉などとベシャメルソースを混ぜたもの)にパン粉をつけて調理したもので、現在の日本のクリームコロッケと同じである[。しかしながらフランス料理の場合、油で揚げるのではなくもっぱらオーブンで調理される。1895年(明治28年)の女性誌『女鑑』には、このクロケット(「仏蘭西コロツケ」と表現)をジャガイモを使ったコロッケと対比して、それぞれはもはや「別の料理」と書かれている。1905年(明治38年)頃より、東京銀座の洋食店「煉瓦亭」がメニューに初めてクリームコロッケを載せている。4代目主人によれば、当時はあくまで賄い料理であり、客に出した店はそれまでなかったという。1917年(大正6年)当時、洋食の豚カツは13銭、ビーフステーキは15銭だったのに比べ、コロッケは25銭と高価な料理であった。またこの年には、「ワイフ貰って嬉しかったが、いつも出てくるおかずはコロッケ♪」という歌詞の「コロッケの唄」(作詞:益田太郎冠者)がヒットしている。安価な惣菜としてのコロッケは1917年(大正6年)の東京「長楽軒」のメニューに端を発し、ここのコック阿部清六が関東大震災後の1927年(昭和2年)に立ち上げた精肉店「チョウシ屋」での商品化により、肉屋の惣菜としてのコロッケの地位は揺るぎないものとなった。肉屋において多量に生じる、切断面の黒ずみで見栄えの悪くなった肉や細切れ肉、揚げ油に使えるラードなどの利用が、より安価なコロッケを提供できるようになった理由として挙げられる。元々が汎用性の高い料理法であったこともあり、こうして日本の食卓に定着したコロッケは各家庭や店ごとに様々な食材やアイデアを受け入れ、日本独自の料理としてのバリエーションが広がっていった。調理が手軽で安価なことから、昭和後期頃からは日本各地で町おこしのためのご当地グルメとしても販売され[18]、手軽な「おやつ」としても販売されるようになった。ご当地コロッケとしては、「第1回全国コロッケフェスティバル」で優勝した富山県高岡市の高岡コロッケとコロッケグランプリで2年連続金将を受賞した群馬県高崎市の高崎オランダコロッケが著名である。このほかに「全国手づくりコロッケコンテスト」で金賞を受賞した山口県山口市の昭ちゃんコロッケなどもある。
【コロッケに関する文化】 『食道樂』秋の巻- 小説家の村井弦斎が1903年(明治36年)に発表した当時の大ベストセラー。コロッケのレシピが掲載されている。愛知県犬山市の博物館明治村では、このレシピに基づいた「コロツケー」を村内で販売している。 「コロッケの唄」 - 1917年(大正6年)に大流行した、益田太郎冠者作詞の笑劇『ドッチャダンネ』内の楽曲。大正当時の世相を風刺したコミックソングであり、この時代のコロッケの普及が窺われる。 「コロッケの唄」 - 1962年(昭和37年)に作詞作曲: 浜口庫之助、歌: 五月みどりで発売されたが、歌詞の一部に差別的表現を含むとクレームがついて発売禁止となった。その後2003年(平成15年)に歌詞の一部を書き換え、宮本光雄編曲により再発売された。 お料理行進曲 - アニメ『キテレツ大百科』のオープニングソング。歌詞の1番の内容がコロッケの調理方法である。 世界一大きいコロッケ - 北海道厚沢部町は、町内にあった道立試験場で初めてメークインが試作されたことを記念し、毎年開催される「あっさぶふるさと夏祭り」にてジャンボコロッケが揚げられる。2010年7月12日、静岡県三島市のイベントで直径2m55cmのコロッケが揚げられて記録が更新されると、すぐさま同月24日に直径3m08cmのコロッケを揚げて世界記録を奪還した。また、厚沢部町ではギネス世界記録の重量部門(会場内で完食することを条件とする)においても。2007年にオランダで作られた225.8kgを上回る279kgを2022年7月23日に達成し、その場でギネス社の公式認定員により世界記録として認定された。 台風コロッケ - インターネット掲示板2ちゃんねるを発祥として広まった、台風が接近または上陸しているときにコロッケを食べるという文化。2001年夏に発端となる書き込みがあってからの数年間は、2ちゃんねらーの間でのみ行われるインターネットミームであったが、2010年代以降、一部の小売店などでも台風の日にコロッケを特売にするなど広まりつつある。 ぼくんちのチャボ - NHKの みんなのうたで1980年にやっていた童謡。小黒恵子作詞、三枝成章(現三枝成彰)作曲。各番の終わりで「チャボ役」が「コロッケ、けっこう!」と叫ぶ。童謡としては極めて珍しく、調性が無く、無調性の作品である。 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
1週間遅れですが…、5月6日はコロッケの日でした。
香川県三豊市で冷凍食品の製造・販売を手掛ける株式会社「味のちぬや」が制定そたそうです。
コロッケの始まりは大正時代からで、トンカツ、カレーライスとともに「大正の三大洋食」または「日本の三大洋食」とも呼ばれたそうです。
(2024.05.13)
【コロッケ】
コロッケ(Korokke、英: Potato croquettes)は、茹でて潰したジャガイモやクリームソースに挽肉や野菜などを混ぜ合わせ、丸めて衣で包み、食用油でフライ状に揚げた、日本の洋食の一つ。西洋料理のクロケット(仏: croquette、蘭: kroket)を模倣して考案された。単にコロッケと言った場合はジャガイモを使ったものを指し、クリームソースを使ったものはクリームコロッケと呼ばれて区別される。日本国外に逆輸出された日本式コロッケは日本語そのままに'Korokke'と呼ばれている。潰したジャガイモを使用したカツである。ジャガイモの代わりに魚を具材に使用した場合は魚カツと呼ばれる。
【概要】
茹でたジャガイモを潰したマッシュポテトをベースとする庶民的な通常のコロッケ(ポテトコロッケ)と、ベシャメルソースを用いる洋食屋のクリームコロッケに大別される。これらの種にポテトコロッケは挽肉、みじん切りの炒めタマネギ、クリームコロッケはカニなどの魚介類などを混ぜ込み、俵型や小判型、勾玉型などに成形した後、小麦粉、とき卵、パン粉の順で衣をつけ、油で揚げて作られる。中身のソフトな食感と香ばしい衣との対照感を味わう料理であるため、揚げたてのかりっとした仕上がりが尊ばれる。トンカツ、カレーライスと共に大正の三大洋食の一つとされており、大正末期から昭和の初めにかけての洋食大衆化の中で都市部の日本人に広く普及した。今日では家庭で調理されるほか、精肉店などでお惣菜としても販売されており、非常にポピュラーな料理となっている。 トッピングとして立ち食いそば・うどん店やカレーライス店で使われるほか、サンドイッチや惣菜パン、卵とじの具として用いられることもあり、広く親しまれている。揚げる前の種にカレーなどの風味を付けるコロッケもあるほか、ウスターソースやトマトケチャップや醤油など調味料をかけて食べるのが一般的である。洋食の例に漏れず日本独自の進化を遂げたコロッケ(Korokke)は、日本国外でも日本料理の一つとして紹介されるようになった。特に西洋のパン粉と異なる日本スタイルのパン粉(Japanese style breadcrumbs、もしくはそのまま'PANKO'と呼ばれる)を使う日本式揚げ物の衣は、西洋のフライとは違った食感を持つということで区別される傾向がある。
【歴史】
ジャガイモのコロッケはヨーロッパ各国にみられる古典的な付け合せ料理であり、起源を特定するのは困難である。正確な記録や定説は存在しないが、明治時代の文明開化の中でフランス料理やイギリス料理の一つとして日本にもたらされたものと考えられる。フランスのクロケット (croquette) は、ホワイトソースのアパレイユ(ミンチにした魚肉や鶏肉などとベシャメルソースを混ぜたもの)にパン粉をつけて調理したもので、現在の日本のクリームコロッケと同じである[。しかしながらフランス料理の場合、油で揚げるのではなくもっぱらオーブンで調理される。1895年(明治28年)の女性誌『女鑑』には、このクロケット(「仏蘭西コロツケ」と表現)をジャガイモを使ったコロッケと対比して、それぞれはもはや「別の料理」と書かれている。1905年(明治38年)頃より、東京銀座の洋食店「煉瓦亭」がメニューに初めてクリームコロッケを載せている。4代目主人によれば、当時はあくまで賄い料理であり、客に出した店はそれまでなかったという。1917年(大正6年)当時、洋食の豚カツは13銭、ビーフステーキは15銭だったのに比べ、コロッケは25銭と高価な料理であった。またこの年には、「ワイフ貰って嬉しかったが、いつも出てくるおかずはコロッケ♪」という歌詞の「コロッケの唄」(作詞:益田太郎冠者)がヒットしている。安価な惣菜としてのコロッケは1917年(大正6年)の東京「長楽軒」のメニューに端を発し、ここのコック阿部清六が関東大震災後の1927年(昭和2年)に立ち上げた精肉店「チョウシ屋」での商品化により、肉屋の惣菜としてのコロッケの地位は揺るぎないものとなった。肉屋において多量に生じる、切断面の黒ずみで見栄えの悪くなった肉や細切れ肉、揚げ油に使えるラードなどの利用が、より安価なコロッケを提供できるようになった理由として挙げられる。元々が汎用性の高い料理法であったこともあり、こうして日本の食卓に定着したコロッケは各家庭や店ごとに様々な食材やアイデアを受け入れ、日本独自の料理としてのバリエーションが広がっていった。調理が手軽で安価なことから、昭和後期頃からは日本各地で町おこしのためのご当地グルメとしても販売され[18]、手軽な「おやつ」としても販売されるようになった。ご当地コロッケとしては、「第1回全国コロッケフェスティバル」で優勝した富山県高岡市の高岡コロッケとコロッケグランプリで2年連続金将を受賞した群馬県高崎市の高崎オランダコロッケが著名である。このほかに「全国手づくりコロッケコンテスト」で金賞を受賞した山口県山口市の昭ちゃんコロッケなどもある。
【コロッケに関する文化】
『食道樂』秋の巻- 小説家の村井弦斎が1903年(明治36年)に発表した当時の大ベストセラー。コロッケのレシピが掲載されている。愛知県犬山市の博物館明治村では、このレシピに基づいた「コロツケー」を村内で販売している。
「コロッケの唄」 - 1917年(大正6年)に大流行した、益田太郎冠者作詞の笑劇『ドッチャダンネ』内の楽曲。大正当時の世相を風刺したコミックソングであり、この時代のコロッケの普及が窺われる。
「コロッケの唄」 - 1962年(昭和37年)に作詞作曲: 浜口庫之助、歌: 五月みどりで発売されたが、歌詞の一部に差別的表現を含むとクレームがついて発売禁止となった。その後2003年(平成15年)に歌詞の一部を書き換え、宮本光雄編曲により再発売された。
お料理行進曲 - アニメ『キテレツ大百科』のオープニングソング。歌詞の1番の内容がコロッケの調理方法である。
世界一大きいコロッケ - 北海道厚沢部町は、町内にあった道立試験場で初めてメークインが試作されたことを記念し、毎年開催される「あっさぶふるさと夏祭り」にてジャンボコロッケが揚げられる。2010年7月12日、静岡県三島市のイベントで直径2m55cmのコロッケが揚げられて記録が更新されると、すぐさま同月24日に直径3m08cmのコロッケを揚げて世界記録を奪還した。また、厚沢部町ではギネス世界記録の重量部門(会場内で完食することを条件とする)においても。2007年にオランダで作られた225.8kgを上回る279kgを2022年7月23日に達成し、その場でギネス社の公式認定員により世界記録として認定された。
台風コロッケ - インターネット掲示板2ちゃんねるを発祥として広まった、台風が接近または上陸しているときにコロッケを食べるという文化。2001年夏に発端となる書き込みがあってからの数年間は、2ちゃんねらーの間でのみ行われるインターネットミームであったが、2010年代以降、一部の小売店などでも台風の日にコロッケを特売にするなど広まりつつある。
ぼくんちのチャボ - NHKの みんなのうたで1980年にやっていた童謡。小黒恵子作詞、三枝成章(現三枝成彰)作曲。各番の終わりで「チャボ役」が「コロッケ、けっこう!」と叫ぶ。童謡としては極めて珍しく、調性が無く、無調性の作品である。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』