2024.10.14
すっかり秋っぽくなりましたね。 昨日9月13日はサツマイモの日でした。もうすっかり焼き芋の美味しい季節ですよね。 サツマイモの原産地は意外にもメキシコだそうです。ヨーロッパでは植生が合わず広がらなかったのですが、大航海時代にアジアに広がったそうですね。
【サツマイモ】 サツマイモ(薩摩芋[3]、学名: Ipomoea batatas)は、ヒルガオ科サツマイモ属の多年生植物。あるいはその食用部分である塊根(養分を蓄えている肥大した根、芋)。別名で、甘藷(かんしょ)、唐芋(からいも)ともよばれる。中南米の原産で、ヨーロッパ、中国、日本などへ広まり、各地で栽培されている。食用される塊根はデンプンやビタミン類を豊富に含み、焼酎原料や飼料にも利用される。また食物繊維が多く、便秘改善にも役立てられる。
【歴史】 原産地は中央アメリカのメキシコ中央部からグアテマラにかけてとする説が有力である。紀元前3000年以前から、メキシコ地域で栽培化されていたとみられている。その後は南米のペルーに伝わり、古代ペルーの遺跡からサツマイモの葉や花、根を描いた土器や綿布が発見されていることから、重要作物になっていったと考えられている。ヨーロッパ・アジア・オセアニアにおいては外来植物である。15世紀末にクリストファー・コロンブスが新大陸を発見し、スペインのイザベル女王へ献上したこと契機に、アメリカ大陸からヨーロッパへと広まった。しかし、もともと熱帯作物であったため、ヨーロッパではジャガイモのように普及することはなかった。イギリスではエリザベス朝の頃に、その甘さから好意的に受け入れられた。イギリス人はこの芋をペルーでの塊茎を意味する言葉 batata から patate と呼んだ。18世紀末に甘くないジャガイモ(potato)が一般化するにつれ、サツマイモは sweet potatoと呼ばれるようになった。大航海時代の1498年に、コロンブスがベネズエラを訪れて以降、1519年にはポルトガルのフェルディナンド・マゼランがスペイン船隊を率いて南端のマゼラン海峡を発見。16世紀に頻繁に南アメリカ大陸にやってきたスペイン人あるいはポルトガル人により東南アジアに導入された。ルソン島(フィリピン)から中国を経て、17世紀の初め頃に琉球、九州へと伝わった。ニュージーランドへは10世紀頃に伝播し、「クマラ」(kumara) の名称で広く消費されている。西洋人の来航前に既にポリネシア域内では広く栽培されていた。日本へは、17世紀初めに中国から琉球にもたらされ、やがて薩摩へ伝わり、九州南部で栽培されたのが「薩摩の芋」として、全国へ広まり定着した。なお、1597年に宮古島に伝わったとの説もあるが、年代に疑義がある上、宮古島から他の地域へは伝播しなかった。西日本の大飢饉の折に、鹿児島で餓死者を出さなかったことから、凶作の年でも収穫が見込める救荒作物として重要視されるようになり、江戸時代に飢饉を救う救荒作物として栽培が奨励された。飢饉対策に腐心していた江戸幕府8代将軍・徳川吉宗の命によって、1735年、蘭学者の青木昆陽が薩摩から江戸に種芋を取り寄せて、小石川御薬園(現:小石川植物園)などでサツマイモを試作し、これをきっかけに東日本各地でも栽培が広がった。20世紀の第二次世界大戦(太平洋戦争)中は、軍事統制下の深刻な食糧難からサツマイモ栽培が大いに奨励された。
【慣用句】 八里半(はちりはん) 焼き芋(または蒸し芋)の異称。味が栗(くり=九里)に近く美味しいという意味で八里半石焼き芋などサツマイモ食品を売る店が看板に用いた。
九里四里(くりより)うまい十三里(または十三里半)、十三里 栗(九里)より(四里)うまいと、サツマイモ(特に川越いも)の美味しさを称えた言葉。十三里は江戸時代、サツマイモの名産地で知られた川越(現在の埼玉県)が江戸から川越街道を通り、約十三里(52km)の距離であったことに因み、距離的概念の十三里と九里+四里を足して十三里 (9+4=13) を引っかけ、洒落を利かせている。現在では各地で販売するサツマイモ食品の宣伝文句や商品名に活用されている。愛媛県の佐田岬半島地域でも、佐田岬半島の長さが約十三里であることから「栗よりうまい十三里」という。同半島は火山灰の混じる土壌でサツマイモの産地でもある。九里四里うまいを略し、「十三里」でサツマイモ、サツマイモ食品の異称にもなっている。
いもづる式 1つの事実が明らかになったことをきっかけに、次々と関連する事実が明らかになること。サツマイモの芋は塊根であり、塊根のもととなる不定根は地表を這っている匍匐茎(ツル)の葉の付け根から出ていて、芋がツルを介してつながっている。1つの芋を掘り出せば残りの芋も容易に見つけられることから来た言葉である。
芋を引く 芋を収穫するときに後ずさりすることから転じて怯むこと。主として仁侠の世界の人間が使うことが多い。
芋っぽい 田舎っぽい、ダサい、垢抜けていないなどを意味する。 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
すっかり秋っぽくなりましたね。
昨日9月13日はサツマイモの日でした。もうすっかり焼き芋の美味しい季節ですよね。
サツマイモの原産地は意外にもメキシコだそうです。ヨーロッパでは植生が合わず広がらなかったのですが、大航海時代にアジアに広がったそうですね。
【サツマイモ】
サツマイモ(薩摩芋[3]、学名: Ipomoea batatas)は、ヒルガオ科サツマイモ属の多年生植物。あるいはその食用部分である塊根(養分を蓄えている肥大した根、芋)。別名で、甘藷(かんしょ)、唐芋(からいも)ともよばれる。中南米の原産で、ヨーロッパ、中国、日本などへ広まり、各地で栽培されている。食用される塊根はデンプンやビタミン類を豊富に含み、焼酎原料や飼料にも利用される。また食物繊維が多く、便秘改善にも役立てられる。
【歴史】
原産地は中央アメリカのメキシコ中央部からグアテマラにかけてとする説が有力である。紀元前3000年以前から、メキシコ地域で栽培化されていたとみられている。その後は南米のペルーに伝わり、古代ペルーの遺跡からサツマイモの葉や花、根を描いた土器や綿布が発見されていることから、重要作物になっていったと考えられている。ヨーロッパ・アジア・オセアニアにおいては外来植物である。15世紀末にクリストファー・コロンブスが新大陸を発見し、スペインのイザベル女王へ献上したこと契機に、アメリカ大陸からヨーロッパへと広まった。しかし、もともと熱帯作物であったため、ヨーロッパではジャガイモのように普及することはなかった。イギリスではエリザベス朝の頃に、その甘さから好意的に受け入れられた。イギリス人はこの芋をペルーでの塊茎を意味する言葉 batata から patate と呼んだ。18世紀末に甘くないジャガイモ(potato)が一般化するにつれ、サツマイモは sweet potatoと呼ばれるようになった。大航海時代の1498年に、コロンブスがベネズエラを訪れて以降、1519年にはポルトガルのフェルディナンド・マゼランがスペイン船隊を率いて南端のマゼラン海峡を発見。16世紀に頻繁に南アメリカ大陸にやってきたスペイン人あるいはポルトガル人により東南アジアに導入された。ルソン島(フィリピン)から中国を経て、17世紀の初め頃に琉球、九州へと伝わった。ニュージーランドへは10世紀頃に伝播し、「クマラ」(kumara) の名称で広く消費されている。西洋人の来航前に既にポリネシア域内では広く栽培されていた。日本へは、17世紀初めに中国から琉球にもたらされ、やがて薩摩へ伝わり、九州南部で栽培されたのが「薩摩の芋」として、全国へ広まり定着した。なお、1597年に宮古島に伝わったとの説もあるが、年代に疑義がある上、宮古島から他の地域へは伝播しなかった。西日本の大飢饉の折に、鹿児島で餓死者を出さなかったことから、凶作の年でも収穫が見込める救荒作物として重要視されるようになり、江戸時代に飢饉を救う救荒作物として栽培が奨励された。飢饉対策に腐心していた江戸幕府8代将軍・徳川吉宗の命によって、1735年、蘭学者の青木昆陽が薩摩から江戸に種芋を取り寄せて、小石川御薬園(現:小石川植物園)などでサツマイモを試作し、これをきっかけに東日本各地でも栽培が広がった。20世紀の第二次世界大戦(太平洋戦争)中は、軍事統制下の深刻な食糧難からサツマイモ栽培が大いに奨励された。
【慣用句】
八里半(はちりはん)
焼き芋(または蒸し芋)の異称。味が栗(くり=九里)に近く美味しいという意味で八里半石焼き芋などサツマイモ食品を売る店が看板に用いた。
九里四里(くりより)うまい十三里(または十三里半)、十三里
栗(九里)より(四里)うまいと、サツマイモ(特に川越いも)の美味しさを称えた言葉。十三里は江戸時代、サツマイモの名産地で知られた川越(現在の埼玉県)が江戸から川越街道を通り、約十三里(52km)の距離であったことに因み、距離的概念の十三里と九里+四里を足して十三里 (9+4=13) を引っかけ、洒落を利かせている。現在では各地で販売するサツマイモ食品の宣伝文句や商品名に活用されている。愛媛県の佐田岬半島地域でも、佐田岬半島の長さが約十三里であることから「栗よりうまい十三里」という。同半島は火山灰の混じる土壌でサツマイモの産地でもある。九里四里うまいを略し、「十三里」でサツマイモ、サツマイモ食品の異称にもなっている。
いもづる式
1つの事実が明らかになったことをきっかけに、次々と関連する事実が明らかになること。サツマイモの芋は塊根であり、塊根のもととなる不定根は地表を這っている匍匐茎(ツル)の葉の付け根から出ていて、芋がツルを介してつながっている。1つの芋を掘り出せば残りの芋も容易に見つけられることから来た言葉である。
芋を引く
芋を収穫するときに後ずさりすることから転じて怯むこと。主として仁侠の世界の人間が使うことが多い。
芋っぽい
田舎っぽい、ダサい、垢抜けていないなどを意味する。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』